「地球温暖化防止に貢献したい」がすべての起点
「自然環境が傷み、温暖化と異常気象に伴う大規模災害も増え続ける。そしてその最大要因のCO2の排出は一向に減らない。なんとかしたい、しなければならないと思ったんです。長く自動車の開発・製造に関わってきた自分にとってできるのは、環境負荷の低い電気で走る超小型の自家用車を開発することだと。」
鶴巻社長が設計一筋30年で行き着いた自己実現の結論は、至ってシンプルだった。
「超小型のEV(電気自動車)に固執したのは、運転時での環境配慮からだけではないんです。『LCA』(ライフ・サイクル・アセスメント)という考え方…製造や流通、廃棄においても、環境への負荷や影響を下げることが大事で。だからこそ、小さくする必然性があったんです。」
自動車メーカーの技術畑ひと筋、その進化と一緒に生きてきた。「スズキ自動車工業」(現:スズキ)から「トヨタ車体」の前身「アラコ」に移った時、EVと出会う。1人乗りのコンパクトEV『COMS』の開発に携わった。
だが、法制上の制限のある日本市場では業務用の範囲でしか展開できそうもない。それでは早く広く普及させたくても限界がある。
「パーソナルユースで4人乗り。一般道でも走行できる海外市場を視野に。さらに災害時対応として水にも浮き、水面移動も可能。そんなこだわりの構想をカタチにするためには、結局自分で起業するしかありませんでした。」
2012年「SIM-Drive」に移籍。超小型電気自動車の東南アジア展開構想を具体化した後、2013年2月に「株式会社FOMM」を設立。
『FOMM』は、「First One Mile Mobility」の頭文字。文字通り、理想の超小型電気自動車を現実のものにするためのベンチャー企業が誕生した。
ちなみに、水上仕様を目ざしたのは、東北大震災の津波の報道映像を見ていた母親との会話から。自分は逃げられないから諦めるしかないと。災害緊急時にも機能するものでない限り、本当の意味での実用車ではないと痛感した。
市場として、まずは「タイ」に絞った。
自家用車の世帯普及率は約60%、需要のポテンシャルは充分。これからの初めての車輌購入には、EVも候補に挙がるはずだと読んだ。自家用車輌としての規制もクリアする可能性が高かったタイは、さらに親日国家であり、日本の自動車系の部品メーカーも多く進出している。ターゲティングに手応えを感じながら、開発準備にひたすら邁進した。
しかし、いきなり大きな壁に阻まれる。資金調達。1台の試作に掛かる費用は、数千万円から1億円近く。小型かつ高性能の部品開発には、驚くほどの手間とコストの覚悟が必要。そして後の量産化のための生産ラインの確保も考慮しなければならない。
考えられる人脈を駆使しできる限りの手を尽くした。強い思いに賛同し、なんとか数社の自動車部品メーカーが資金面や技術面でサポートしてくれることになった。2013年5月、スタッフを増員し本格的な試作車の開発に着手。資金繰りに奔走、でも足りない…を繰り返しながら。
「想定していた出資が遅れ、支援を申し出ていただいたメーカーさんに支払いを待ってもらったケースもありました。今振り返ってもなんとも言えない辛くて厳しい時期でした。ただただ信用してもらった人の情に感謝のことばしかなかったです。」
夢をカタチに タイでの本格稼働も目前
その後、効率の良さ・安全性の高さに配慮した「インホイールモーター」や「ステアリングアクセル」の採用、水上での機密性のための車体の一体成型など、数々の工夫と苦労を重ねる。
大手メーカーの技術協力も仰ぎながら、2014年2月、ついに試作初号『FOMM コンセプト One』が完成。東京での記者発表の後、3月にはタイ:バンコクで開催のモーターショーにも出展。デザインの斬新さや約100万円というリーズナブルな価格帯であることも手伝って、本来の対象だった20~30代だけでなく40代女性のデイリーユースのニーズも刺激し、上々の反響だった。
ところがここで再びの試練。好評価とは裏腹に、新たな出資のオファーや量産に向けての状況の進展がない。せっかくのタイへの足掛かりのチャンスが無駄になり掛けた。
コンパクトEVの効用のプレゼンテーションが足りていないのでは? その解消のため、改めて人的なアプローチに明け暮れることとなる。
次のきっかけとなったのは、取材をしてくれたテレビ番組の関係者:バンコク特派員だった人との出会い。経済産業省出身の日本人:タイ王国政府の政策顧問の方とのリレーションをとり持ってくれた。そしてその方からは、タマサート大学でIoTの研究を専門とするヴィラーチ教授を紹介される。
ヴィラーチ教授は、鶴巻社長のビジョンに強く共感。政府政策顧問の方とともに、無償ながらたくさんのルートと場面を提供してくれた。そのひとつが、15年5月の試乗会。ビチェット科学技術大臣を招き、タイ国内のニュースでも広く報道された。ただそれらの甲斐もなく、その後の事態にもなかなかスピードがつかない。大きな進展のないまま2016年を迎える。
一方で、周辺諸国からの問い合わせが動き出したのも同時期。ここが勝負どころだと感じた鶴巻社長は、もし今回の出張で成果がなければ、タイ国内での展開を一旦止め他国からの申し入れを優先したい旨のメッセージをヴィラーチ教授に送った。「しかし…最後にプラユット首相に会いたかった。」との思いも添えて。
この思い切った宣言が新たな局面を生む。FOMMの技術力に傾倒していたヴィラーチ教授は、急いで違うラインに働き掛けた。プラユット首相…タイ王国政府のトップへ。
「この5月、首相が試乗してくれたんです。このイベントが大きかった。EVが今後の経済成長のコアであるという首相のビジョンにフィットしたことで、流れは一気に加速しました。6月には現地でのパートナー企業も決まり、低コスト生産に対応できる製造ラインの整備も進んでいます。販路として電力会社からの引き合いもあり、やっと目処が立ってきました。」
タイでの公道走行のために必要となる法的な適用の見込みも立ちつつある。2017年11月頃からの量産に向け、最終の準備・調整段階に入った。1台:約100万円×年間:10,000台を目指す。超小型電気自動車の本格発売は、いよいよスタート目前。
「すべてがご縁でした。とにかくいろんな方のご好意に助けられてここまで来られたと思っています。そして、タイ自体が人の繋がりを大切にするお国柄。ここでビジネスに携わる以上、これからも人の縁を何よりも大事にしていかないと。本当に運が良かった。しかしその運を呼び寄せるのは、不断の努力以外にないと確信しています。」
創業以来の3年余を振り返って…と尋ねた答えの最後が「運」と「努力」で締めくくられた。そこにも、日々のひとつひとつの積み上げを大切にする鶴巻社長の気概が溢れる。
前向きエネルギーのあふれる強い会社でありたい
「キーデバイスである『バッテリー』。実は最も高額なパーツなんですよ。今はまだ充電に一定の時間が必要です。なので、もっと合理的にかつ安心できる継続走行を考えると、簡単に脱着・交換ができる部材としての軽量化と性能のアップ、そしてそれを運用する仕組みやインフラが絶対に必要。街中のガソリンスタンドなど既存の拠点で交換用のバッテリーを保管し、ネットワーク経由でそれを管理する『バッテリー・クラウド』。そのシステムの整備が当面の最大テーマです。バッテリーを極める者が、コンパクトEVの世界を征する…と言っても過言じゃない。」
直面する事業課題も至って明快かつ具体的だ。先に対する思いが続く。
「有力なマーケットと需要がある以上、前向きに取り組むエネルギーと開発力があれば、事業としての先行きは明るいと確信します。企業としての力を存分に発揮し維持していくうえで、やはり『人』です。これまでも外の人にたくさんのバックアップをいただきましたが、社内においても人。パワーある人材の採用とそれを活かす環境をきちんとつくっていくことが経営のミッションだと。」
では、期待する人材とその育成のポイントは?
「現時点での人材補強はどうしても即戦力。キャリア採用に寄りますが、収益が安定する見込みの2年後には、新卒者も優先的に考えたいと思っています。『個性』が大切。特に若い世代の…。そして異質な個性の組み合わせやいい意味での摩擦からこそ、新しいアウトプットが生まれるはずで。そのためにも、特に『提案』する姿勢は尊重したいと思っています。自分の思いを発信し伝えようとするスタンス、相手に対して一歩踏み込む意識、もっと言えば失敗を恐れず発言・行動してみる『強さ』。それを褒める土壌だけはつくり続けていきたいですね。」
「失敗こそが最大の学習の機会。それは自らの体験で実感しています。失敗を厭わない強さ。失敗の結果ひと回り大きくなる強さ。そんな個人の強さの結集が、企業の強さなんじゃないかと…。」
物静かな語りながら太い芯の部分から発せられることばは熱い。
「コンパクトEVは、自分にとっては『觔斗雲』(きんとうん)…夢の乗りものです。でも、夢を夢で終わらせないために、どうしたら実現できるか、どうしたら上手くいくかを、これからも本気で考え続けていきます。」
そう語る鶴巻社長の目の前には、未来に向かう『きんとうん』が既に飛んでいる。
企業公式サイト http://www.fomm.co.jp